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The bridge between Orient and West16. 东洋和西洋的架上桥16.

2012/05/09未分類
 「世界の名刺から」トルコ編16

暴走族に絡まれ、道に迷っているうちに、徐々に日が沈みかけてきた。
かなりきわどいタイミングになってきたが、Sun Setを見にRose Valley(ローズバレー)に向かう。

Rose Valleyは、Cappadociaの中でも最も美しい峡谷のひとつ。
ここにもいくつかの教会があり、7世紀頃の彫刻や11世紀のフレスコ画を見ることができる。

Sun setにもなんとか間に合った。
Cappadociaでも有数の絶景ポイントと言われるだけあり、大地や奇岩が
夕焼けで紅色に染まっていく様子はとても幻想的だった。

夜は、トルコ料理とベリーダンスやセマーと言われるトルコのダンスを堪能。

到着初日、なかなかハードな1日だったが、残念ながら名刺は見つからず。
明日に備えて洞窟ホテルに戻り眠る。

そして翌日。
まだ夜が明けないうちに起床して、ホテルを出発。

目的は、Cappadociaでも人気のアクティビティである気球ツアー。
Cappadociaは、世界でも有数の気球フライトのポイントで、年間のフライト日数と参加者は世界でも断トツに多いとのこと。
空から見たCappadociaは、更に広大で今までに見たことのない景色が広がっていた。

kikyu.jpg

太陽も登ってきた。
いい一日になりそうだ。

Cappadocia最終日、実質半日ぐらいしかないが、名刺を探しに南側を目指す。

参考

メヴレヴィー教団
※セマーのイメージあり

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The bridge between Orient and West15. 东洋和西洋的架上桥15.

2012/05/02世界の名刺から
「世界の名刺から」トルコ編15

 次に向かったのが、Pigeon Valley(ピジョン・バレー)。
 その名の通り、鳩の谷。
 岩の表面に小さな穴がたくさんありその中に鳩が住んでいる。

 夕方は、車でsunsetを見に行く予定だったので、スクーターを返しに一旦ホテルに戻ることに。

 その途中で事件発生。

 気持ちよくスクーターで走っていると、地元の暴走族にからまれた。

bike.jpg


 バイクに乗ったトルコ人の若い男たちが、スクーターの周りを取り囲みながら何か叫んでくる。
 トルコ語なので全く分からないが、途中のガソリンスタンドなどをしきりに指さしながら叫んでいる。
 停まったら何をされるか分からないので、無視して進もうとするがしつこくからんでくる。
 逃げ切ろうとするが、こちらはスクーターなのですぐに追いつかれる。

 暴走族のジェスチャーを一生懸命解読すると、どうやらガソリン代をよこせ、と言っているようだ。
 こちらもジェスチャーで応戦。
 「金はない!」
 これをひたすら繰り返すと、暴走族もようやくあきらめて解放された。

 あやうくトルコの暴走族にかつあげされるところだった。

 暴走族から逃げ回っているうちに、道に迷った。
 町の景色は岩だらけで、どこも同じに見える。
 ホテルは近い気もするが、なかなか見つからない。
 途中で地元の人に聞きながら探したが、言葉が通じずよくわからない。
 ただ、皆親切で地図を見ながら一緒に考えてくれたり、指で方向をさしたりしてくれたのはとてもありがたかった。

 探しているうちに、ホテルがある丘とは1つ隣の別の丘にいることが分かった。

 再び丘を下り、暴走族に注意しながら、隣の丘へ。

 少しずつ日が沈んでいく中、ようやくホテルに到着。

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The bridge between Orient and West14. 东洋和西洋的架上桥14.

2012/04/26世界の名刺から
「世界の名刺から」トルコ編14

 奇岩に囲まれた中心エリアに到着。
 そこから丘の上のホテルに向かう。

 今回選んだのは洞窟ホテル。ホテル自体が奇岩を利用した設計になっている。
 奇岩エリアが一望でき、部屋の中も雰囲気がある。
 Cappadociaに来るなら洞窟ホテルに泊まることをおすすめします。

hotels.png

 さて、ここからCappadociaでの名刺探し。
 Cappadocia観光は数日間は必要と言われているが、丸1日あるかどうかで時間も限られている。
 このエリアは大きく北と南に分かれるが、到着した日は、北側を周ることにした。

 時間を効率的に使うべく、チェックイン後すぐに、スクーターを借りてホテルを出発。
 丘を下って中心街(というほど栄えているところではないが)へ。
 お腹がすいていたので、まずはレストラン探し。

 ランチは、名物Testi Kebab。
 これは素焼きの壷にはいったケバブ。
 壷ケバブは素焼きの壷に肉類や野菜を入れ、オーブンで焼いたもの。
 壺を割って中身を食べる。
 Cappadociaでもトルコ料理はうまい!

 この周辺はギョレメ村と呼ばれ、Cappadocia観光の目玉でもある世界遺産地域。
 村自体が奇岩(キノコ岩)群の中にある。
 ギョレメの地名は「見てはならぬ」という意味だそう。
 物騒な名前だが、その秘密を探りに、ランチの後、スクーターでギョレメ屋外博物館へ。
 ここには、13のビザンチン時代の教会、修道院があり、その教会内部にはフレスコ画がある。
 そこでは6〜13世紀の宗教画を見ることができる。

 前回、4世紀頃ローマ帝国の迫害を受けたキリスト教徒たちがCappadociaに
 移り住んだということを紹介した。
 その後、Cappadociaには東方からアラブ人やイスラム勢力が侵入して来た。
 この地で暮らす人々は、侵略者から身を守るために洞窟に隠れて暮らしたと言われている。

 ここは、キリスト教徒にとっては、他教徒が「見られてはならぬ」信仰の地であった。

Goreme_valley.jpg

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The bridge between Orient and West13. 东洋和西洋的架上桥13.

2012/04/12世界の名刺から
「世界の名刺から」トルコ編13

トルコでの次の名刺探しの舞台はCappadocia(カッパドキア)!

IstanbulからKayseriという最寄空港まで約1時間半のフライト。
KayseriからCappadociaまでは、最寄とは言ってもバスで2時間。 

ここで簡単にCappadociaの紹介。

Cappadociaはトルコの中部に位置するアナトリア高原に広がる大奇岩地帯。
地名は、「美しい馬の地」を意味するペルシア語が由来とのこと。

観光大国トルコを代表するスポットで、キノコ状の岩に代表される奇岩の不思議な景観、
奇岩の中に残された膨大なキリスト教壁画、地下数十メートルにも掘り下げられた地下都市と様々な見どころがある。

Capadocia.jpg

有名な奇岩はどのように生まれてきたのか?
Cappadociaの地層は、数億年前に起きたエルジエス山の噴火によって造られた。
火山灰と溶岩が数百mずつ積み重なった末、凝灰岩や溶解層になった。
その後も岩部は風雨に打たれて浸食が進み、今ではかたい部分だけが残されて不思議なカタチの岩になったと言われている。

紀元前2,000年前後のヒッタイト帝国の時代には、すでに交易の要衝としてCappadociaが成立していた。
キリスト教との関係は深く、聖書にはパウロがこの地を訪れたという記録もあり、有力な教父が現れてこの地にキリスト教を広めている。

4世紀前後から、ローマ帝国によって迫害を受けたキリスト教徒がこの地に集まりだした。
やがてローマ帝国はキリスト教を国教化するが、つづいてイスラム勢力がこの地を治めると、キリスト教徒はふたたびこの地に集まるようになり、文化が形成されていった。

このような大自然と文化の価値が認められ、世界遺産にも登録されている。


バスの窓越しに、奇岩が見えてきた。

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The bridge between Orient and West12. 东洋和西洋的架上桥12.

2012/04/03世界の名刺から
「世界の名刺から」トルコ編12

ハマムですっきりした後は、夕食。
前職時代に一緒に旅にも行っていた物知りな先輩のイチオシのレストランへ向かう。
高級店とのことだったので、お店の人になめられてはいけないと思い、飛び込みではなく、事前に予約を入れておいた。
この旅で最もゴージャスなレストランで、楽しみに向かう。
12_2.jpg

しかし、ハマムの先で捕まえたタクシーを降りる際にトラブル。
日本円でいうとたかだか100円程度の違いだと思うが、料金をごまかされた。
ここで黙っていては、今後イスタンブールにくる日本人や多くの観光客の為にならないと
大和魂爆発。
中国に住んでいた頃、1元(当時13円程度)の違いでタクシー運転手と激しく戦っていた感覚が蘇ってきた。
店の前でおおもめ。あわや乱闘寸前で、その店の人が仲介に。
結局、その店で両替してもらい、ふさわしそうな額を支払う。
100円程度のことでタクシー運転手ともめているアジア人、これでは高級料理店での評価は最悪。
案の定、メインエリアの席がまだたくさん空いていたにも関わらず、そのエリアとは鉄格子で区切られた、入口の暗い席に座らされる。
事前予約をしていたにも関わらず、、、

日本代表として敗れ去った敗北感は残ったが、料理はかなりうまかった。
地下貯水池の遺跡を活かした雰囲気のある店。
ここまでトルコ料理外れなし。

そしてホテルへ。
ここは初日のホテルへのクレームのかいがあり、地下室から地上にグレードアップした部屋に戻る(ようやく普通の地上の部屋になった)。

明日の名刺探しに備えて寝る。

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The bridge between Orient and West11. 东洋和西洋的架上桥11.

2012/03/28世界の名刺から
「世界の名刺から」トルコ編11

一日中名刺探しをし、歩き疲れた体を癒すべくハマムへ。

ハマムとは、蒸し風呂式の共同浴場のこと。

イスラムの教えでは、「清潔は信仰の半分」と言われており、
体を常に清潔に保つことは非常に重要。
その為、500年以上前から中東地域に習慣として根付いていた。

300px-Hamam_dsc05370_nevit.jpg

ハマム初体験。
受付でサービスを選び、料金を支払う。
数人ずつ入れるくらいの広さの個室の脱衣所へ移動。
タオルを体に巻き、脱衣所の部屋に鍵をかけて外に出る。
そして、受付を通って、浴室へ。

浴室の中央には大理石の台がある。
洗い場は端にあり、小さなアルミの洗面器が置かれている。

体格のいい太り気味の男たちが多く、大理石の上に寝そべったり、
体を洗ったりしている。

正直ルールも言葉も分からずかなり困ったが、見よう見まねで行動してみた。

ハマムと日本の銭湯の違いの1つは、浴室内でも全裸はNGなこと。
支給されるタオルを腰にまいていないといけない。
全裸で歩いていたTさんは、係のおじさんにトルコ語で厳重注意を受けていた。

台の上には10人ぐらいの男が、寝っ転がっていた。
どうしたら良いのかいまいち分からないので、とりあえず体をお湯で流し、
アルミの洗面器を枕にして、同じように大理石の台に寝っ転がった。
大理石に寝ていると徐々に汗が出てくる。

浴室には係のおじさんが2-3人いて、お客さんを選んで体を洗ってくれる。
しかし、どういうルールで指名されるのか分からず、なかなか選ばれない。

強引におじさんをつかまえてようやく洗ってもらえた。
異常に泡立つ石鹸で頭と体を洗われ、激しい勢いでお湯をかけて一気に泡を流された。

アカすり部屋が別にあり、その料金も払っていたが、体を洗ってもらうセクションに
思いのほか時間がかかり、夕食の時間に間に合わなそうなのでパス。

特に交渉したわけでもないのに、係の人が受付までタオル1枚の姿の私たちを
連れて行ってくれて、アカすり代を返してくれた。

トルコ人、とても親切だ。

Tesekkur ederim (ありがとう)!

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The bridge between Orient and West10. 东洋和西洋的架上桥10.

2012/03/23世界の名刺から
「世界の名刺から」トルコ編10

イスタンブールのアジア側に到着。

フェリーで30分程度渡っただけだが、街の雰囲気は全く違う。
ヨーロッパ側とは打って変わって、雑然とした感じが、アジアの雰囲気を醸し出している。

アジア側では、カドゥキョイを中心に歩いた。
この街は、イスタンブールよりも長い歴史を持っているということで期待が持てる。

お腹もすいたので、まずはランチ。
ISKENDER KEBABのルーツのひとつと言われる1965年開業の老舗レストランに入った。
ISKENDERとはトルコ語でアレキサンダー大王を意味する。
ケバブにヨーグルトソースをかけて食べるのだが、これがまたうまかった。

腹ごしらえもしたところで、名刺探し。
途中、お腹はいっぱいだったがパン屋でパンを買ったり、地元の個人商店で水を買ったり、家電屋、おもちゃ屋などで調査を重ねた。

アジア側で唯一撮った写真。
turky.jpg

 
しかし、名刺は見つからず、再びフェリーでヨーロッパ側へ。

次は、新市街と呼ばれる地域へ。
高台にあるTaksim広場へ向かう。
そこからイスティクラール通りを散策。
普段は、歩行者天国になっているハイセンスな地区とのことだったが、ちょうど行った日はメーデーで、物が散らばり、シャッターをしている店も少なくなく、大勢の警察官が出動し騒然としていた。

新市街でも、名刺は発見できず。

参考

ISKENDER KEBABを食べたレストラン
Niyazibey

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The bridge between Orient and West9. 东洋和西洋的架上桥9.

2012/03/13世界の名刺から
 「世界の名刺から」トルコ編9

世界遺産となっているイスタンブールの歴史地区で見つからなかった名刺文化。

名刺を求めてボスポラス海峡を渡ることに。

300px-Istambul_and_Bosporus_big.jpg

ボスポラス海峡は長さが約30Kmあり、ここを境にアジアとヨーロッパに分かれている。
以前は、軍事的に重要な場所でもあった。

ボスポラス海峡 >>

フェリーのチケットを買う時に時差の勘違いに気付いた。
トルコと日本との時差は7時間。
しかし、訪れた際はサマータイムで時差は6時間。
このまま気付かなかったら、危うく翌日の国内線を乗り過ごすところだった。

フェリーの上で是非飲みたかったのが、チャイ。
チャイというとインドのミルクティーのような甘い飲み物を想像する人も多いと思うが、
トルコのチャイは透明の小さなコップに入ったストレートティー。
トルコはコーヒーも有名だが、庶民の飲み物は圧倒的にチャイで、一日に10杯以上飲むと言われている。

トルコで最初にチャイが飲み始められたのはオスマントルコ帝国時代の1600年代。
現在では、トルコの紅茶生産量は世界で5番目。

トルコのチャイ
http://ameblo.jp/his-istanbul/entry-10055910650.html

フェリーでチャイを飲みながら、外を見ると港が見えてきた。

海峡を渡るとアジア側と呼ばれる地域となる。

観光客にとってはヨーロッパ側と比べマイナーだが、
名刺発祥の地アジアの果てだけに期待が持てる。

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The bridge between Orient and West8. 东洋和西洋的架上桥8.

2012/03/08世界の名刺から
 「世界の名刺から」トルコ編8

 続いて向かったのが、トプカプ宮殿(Topkapi Sarayi)。

 15世紀中頃から19世紀中頃まで、オスマン帝国の支配者の居城として400年もの間、政治や文化の中心だった場所。

 イスタンブールを陥落させたメフメット2世が、1460年代に着工した。
トプカプとはトルコ語で大砲の門という意味で、軍事的にも重要な位置に建てられた。
70万m2という広大な敷地を持つ、まさに繁栄の象徴。

 名刺文化の探しがいもある!

300px-Istanbul.Topkapi048.jpg


 まずは庭園、謁見の間、厨房などの見どころをまわる。
宝物館では「トプカプの短剣」や「スプーン屋のダイヤモンド」を目当てに長い行列ができていた。

 そして、トプカプ宮殿の目玉であるハレム(Harem)へ。
日本語ではハーレムと発音して、以下のような意味で捉えている人も多いと思う。
「一人の男性に対して複数の女性がいる状況を指してハーレムと使うこともある」(Wikipedia)
 もともと、ハレム(Harem)というトルコ語は、アラビア語のハラム(聖域)やハリム(禁じられた)を語源とし、イスラム社会における女性の居室を意味する。
 ハレムは、トプカプ宮殿の中にあるのだが、別料金で宮殿と同じぐらいの見学料がかかることからも注目のスポットであることが分かる。

 入口は宦官の部屋。オスマン帝国の勢力はアフリカまで広がっていたこともあり、宦官の多くは、エジプトなどから差し出された黒人で警備などを担当していた。
 そして女性たちの部屋へと続く。
 オスマン帝国のハレムに集められた女性は、最盛期は1000人を超えていたようで、もはや想像を絶する。
 女性たちがトプカプ宮殿のハレムに集められる前は、各地の宮廷で宦官によって生活を監督されながら歌舞音曲、礼儀作法、料理、裁縫、アラビア文字の読み書きから詩などの文学に至るまで様々な教養を身につけさせられたとのこと。

名刺交換の作法まで習っていたかは歴史の闇に葬られている。


地上で見つからなければ、次は地下。

 これも世界遺産である「地下宮殿」へ。
地下の大貯水池で、トプカプ宮殿でもこの水が利用されていた。
地下宮殿探検で見つかったのは、名刺ではなく、メドゥーサの頭だった。
(私の写真技術では撮影できなかったので、最後の地下宮殿Wikipedia参照)

 オスマン帝国が誇る地上と地下の宮殿でも名刺は見つからず。


参考

トプカプ宮殿(Topkapi Sarayi)>>

ハーレム(Harem)>>

イスタンブル地下宮殿>>

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The bridge between Orient and West7. 东洋和西洋的架上桥7.

2012/03/01世界の名刺から
 「世界の名刺から」トルコ編7

名刺探しスタート!

Istanbulの街は、いつくかの分け方ができるが、その1つが旧市街と新市街。
まずは、世界遺産ともなっている旧市街の歴史地区へ。

最初に訪れたのは、ブルーモスク。
正式名称は(Sultanahmet Camii:スルタナフメット・ジャーミィ)
このあたりの地名にもなっているIstanbulの象徴でもある。
1609年から1616年にかけて建てられた。
内壁を飾る2万以上のイズニックタイルの色が青メインの為、ブルーモスクと呼ばれている。

ホテルから徒歩圏内だったので、前の日の夜も見たが、世界で最も美しいモスクと言われている世界遺産。
昼間はさすがに人が多い。
ゆっくり見るには、夜のブルーモスクが雰囲気もあっておすすめ。

スルタンアフメト・モスク >>
IMG_0001.jpg

そして、次に向かったのが、公園を挟んでブルーモスクの向かいにあるアヤソフィア。
ここは、トルコ旅行で最も楽しみにしていた場所の1つ。

中はこんな。
IMG_0006.jpg

私の撮影技術では全く伝わらないですが、何がすごいかって
イスラム教のモスクの中に、キリスト、聖母マリアなどのモザイク画が存在することである。

コンスタンティノープル陥落の際にも奇跡的に残された。

アヤソフィアは、もともとはキリスト教の大聖堂として360年に建立された。
それが、前にも書いたオスマン帝国のコンスタンティノープル侵略により、1453年アヤソフィアはイスラム教のモスクになった。
普通であれば、破壊されてしまうが十字架などの最低限の取り外しや改装程度で残された。
こちらも世界遺産。

キリスト教とイスラム教の融合を感じた。
まさに文化の架け橋の象徴と言える素晴らしい場所であった。

アヤソフィア >>

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